

| 広尾病院のポストICUにいる。 頭蓋骨抜け、脳挫傷、頚髄損傷で、重体。意識はあるのかないのか分からない。目をパチパチ開けたり閉じたりする。舌を出したり口をもごもごさせたりする。唾が飲み込む事が出来ないので、口の両脇にタオルを敷いておく。意識が戻っても今残ってる記憶がない。 気管切開した喉の所から人工呼吸器を付け、ハローベストを着て、おむつを当て、尿道から導尿、その他諸々色んな管が付いている。褥瘡対策の為、1日何回も体位交換をする。2・3日に1度看護師さんに体を拭いてもらう。痰を自分で出す力がないので、機械で吸引してもらう。人工呼吸器のランプの付き方に一喜一憂する。 11:00〜20:00までに面会時間が増えた。親、弟、彼女(元彼女)は毎日来てくれる。父はクビになってもよい覚悟で五月の連休明けまで会社を休み、母と母の横浜の実家に泊まり2人で1時間半かけて通ってきていた。友達も沢山来てくれる。親や弟が、よくマッサージをしてくれる。 |

鼻から経管栄養を入れるようになります。 口からカニみたく泡をブクブク出して、あふれそうになると吸ったり舌でなめたりして汚さないようにするのを、何回も繰り返しやります。 唇の感覚はあるようです。 お昼過ぎ、ポストICUに転室します。 3月12日 朝11:00頃母が来て「おはよう」と言うと、声は出ないものの口の形は「おはよう」 と返事をしたように見えます。 右足をさすったら左足が少し動きあり。 写真を見せると、その写真に合った反応あり。 友達が来ると、驚いたようなリアクションあり。 笑う事が増えます。 3月20日 彼女(元彼女)が言葉の練習をします。 ただ、声が出るワケではないので口パクで練習です。 転室の際検査をすると、MRSAの菌が見つかった為 治療を始めるとのことです。
3月27日 友達の名前を口パクで言えます。 これから人工呼吸器が取れるまで、 ずーーーっと口パクで
脳挫傷の為、今は声が出ない事が理解できていないから大変です。 右手の肘を曲げる事が出来るようになります。 とは言ってもわずか〜〜に動くだけです。 動いてるのか動いてないのか分からない程度。 これから徐々に動くようになっていきますが、 逆に肘を延ばす事は出来ません。
が、手も動かないワケで・・・・・ 使えません。 きっと何か良い活用の仕方があるハズなのに・・・ 4月2日 主治医の先生から重大な話があります。 生きているのが奇跡という位のケガなので 世界中例がほとんどないが、スウェーデンでわずか1例だけあり、 やっと見つけたのがそのスウェーデンの器具だということでした。 これから俺の頭に合わせてその器具をチタンで作り、先生も明日から手術の手先の練習に入るとの事。 「世界で2例目で非常に難しく危険だが、本人があそこまで回復しているのだからやってやらなきゃならんでしょ」と言ってくれます。 唾を出してティシューで取ってもらうようになります。 4月7日 母が電車の中で、友達の作ってくれた50音表の使い方を思いつきます。 舌打ちを利用するのです。 ![]() 4月9日 左手の肘から下の感覚が戻ってきます。 ただ、左手のどの指を触ったのか分からない程度です。親指は触っても分かりません。 4月10日 看護師さんに「もっとベットを上げてくれ」と頼むと、看護師さんが一生懸命俺に俺の状態を説明してくれます。 「首の骨を折ったから 今、こうして頭を固定してるでしょ。だから決まりでここまでしか上げられないの・・・・・etc 見てみる?」と言って鏡を持ってきて見せてくれます。 理解したのかしてないのかは分かりません。 4月11日 「SD戦士に襲われた」と言います。脳挫傷が出てきたようです。 4月13日 朝からおかしな事を言いだします。 隣の病室に中国人がいたので中国語が聞こえたらしく、 「今中国にいるから日本に帰る」や、 親戚のおじさんに「格闘技教えて」や、 夜になると「6時以降狙われる」など言い続けます。 ガンダムとも戦います。11日のSD戦士とはガンダムの事らしいです。
そうかと思うと弟に「手術して駄目だったら殺して」など言ったり、4〜5才位の精神年齢と現在の年齢の間を行ったり来たりしてる感じがします。 ![]() 4月18日 殺してコールが始まります。 本人は元気になりたい一心で、生まれかわったら元気になると信じて言うのだけれど精神科の先生曰く、「頭を打ったり このような極限状態になると、子供帰りみたいな状態になったり 同じ事を何回も繰り返し言う」との事。全くそのとおりです。 正常でないと分かっていても本人を納得させなければならず、苦労をかけます。 4月19日 CTの検査(簡単にいうと頭の中身のレントゲン)をすると、「ひどかった脳挫傷も非常に良くなっている」との事です。 良くなってきてるはずなのに、言ってる事はおかしくなってきてる今日この頃。 4月23日 日記に書いてある殺してコールはこの日までです。 4月25日 主治医の先生から手術の説明と現状の説明あります。詳しくは→ |
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| 3月12日 舌を「タン タン」と鳴らすことを覚え、しきりに鳴らします。 3月15日 Kさんが来てくれて、目をつむってる俺に心で話しかけてくれます。話しかけていた時は俺の心拍数は上がっていて、話が終わるとパッと目を開け心拍数も下がります。 3月16日 歯軋りを覚えます。喋れない歯がゆさからくる歯軋りと思われます。 3月22日 祖父が俺につばの飛ばし方を教えます。 友達が俺にガンダムの模型を見せると、笑います。何度見せても、笑います。 友達は「笑いのツボが分からねー」と言っていました。 お見舞いに来た親戚のおじさんがポツリとこぼした一言。
3月28日 口パクの為分かるのに時間がかかりましたが、俺が自分から「お父さん、お母さん、俺は歩けるの?」と聞きます。 4月1日 桜吹雪を見せてもらい、「おー、きれいー」と言ます。 4月5日 「立ちたい」と言います。「トイレに行きたい」と言ったので、ウロパックを見せると理解します。 4月6日 友達が来ると必ず自分のケガの事を聞きます。不安と戦っているようです。 4月7日 ドライシャンプーで頭を洗ってもらいます。これからたまに洗ってもらうようになります。 「神様に会って、神様にまだこっちに来ちゃ駄目と言われた」と友達に言います。 そう言われた事は、今ある記憶にはありません。 4月11日 「腹減った、牛乳(経管栄養のこと)」と騒ぎます。 「口から飲む」だの「食べれる」だのやかましいです。 腹減ったという感覚が戻ってきました。 こんな状態でも腹は減り、経管栄養を入れるとお腹が重くなった気がして良くなります。 「鼻がかゆい」と騒ぎます。 鼻がかゆいという感覚が戻ってきたという事です。氷で冷やしたり綿棒で鼻の穴の中をこすったりします。 別に今戻ってくれなくていいのに・・・・・ 4月13日 TおばちゃんがYさんKさんの絵を持ってきてくれます。 父が来ると、父が心霊治療の先生から遠隔でパワーをもらい、そのパワーを俺に与えてくれます。 ガンダムの件 友達が来ると「これからガンダムと戦うから向こう行ってて」と言い、待合室に行ってもらい、友達が待合室から戻ってくると「勝った」との事。ガンダムに勝ったらしいです。 中国の件 何故か記憶に映像があります。その中国は北斗の拳に出てくるような荒廃した大地でした。そして何故か戦争中で、何故かヘリコプターが1台置いてあります。そこに母、俺、彼女(元彼女)の三人がいます。その設定で「お母さんはヘリ操縦して!彼女(元彼女)は俺の隣乗って!」と言いました。言った記憶もあります。 殺してコール 何回も「殺して」と言います。ただ「殺して」だけじゃなく色々なパターンがあります。「殺して。生まれかわったら痛くないから」「痛いから殺して。楽になるから」「死んでもすぐ生まれかわるって神様が言ってるから大丈夫」など。お見舞いに来てくれた友達にも「殺して」と言うと、怒られてデコピンされました。 弟に「殺す」と怒ります。 彼女(元彼女)を泣かします。 4月20日 弟に「帰れ」と怒ります。 4月21日 長野から来てくれた友達に「帰れ」と怒ります。
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