


| 実家にいる。 頚髄損傷。両肩をすくめる事ができる。右肩を可動域は狭いものの回す事ができる。右肘を曲げる事ができるが、延ばす事ができない。右手首を返す事ができる。痙性は日に日に強くなる。腹筋と背筋が痛い。 膀胱瘻を付けている。 夜寝る時以外電動車椅子に乗っている。褥瘡対策の為、1日に何回か徐圧してもらう。1日3食、食事の装具を付けてもらい自分で食べる。トラックボールを使いパソコンを使う。装具を使い字を書く。装具を使い携帯電話を使う。 毎日、朝起きてから母のPT。3日に1度排便。毎週月曜日と金曜日、特殊浴槽で入浴する為にハーモニー桃の郷に行く。毎週水曜日、リハビリのために県リハに行く。毎週水曜日、家で入浴。3週間に1度、膀胱瘻の交換に篠ノ井病院に行く。1ヵ月に最低1回は長野市街にお出かけする。1ヵ月に1度、整形外科の診察を受けに県リハに行く。1ヵ月に1度、東京に治療を受けに行く。1ヵ月に1度、サンアップルのプールに行く。3ヵ月に1度、脳外科の診察に篠ノ井病院に行く。 |

注文してから約半年、やっとスタンダップチェアーが届きました。![]() 県リハで試乗してから半年ぶりに立ってみました。やはり起立性低血圧による貧血で目まいがします。 立って何するってわけじゃありませんが、 立つことに意味があるのです。 今の俺にとって立つ事は大変だけど自分で立つ日までスタンダップチェアーに力を借りる事になります。 これから毎日スタンダップチェアーで立つ事にします。 11月29日 (本家)電動車椅子が届きます。 本当はもっと早い時期に欲しかったですが、保険の関係上注文が遅くなった為届くのも遅くなりました。 これで我が家の車椅子は4台になりました。 全て家の中に置いてあるので、必要だけど少しうっとーしーものです。 12月10日 東京の治療の時モリノスさんに来てもらい、見てもらいます。 初対面ですが、会った時の第一声が「よく生きてましたね」 そして「手術も医師が神に祈る思いのもの」「日本にあるもの(技術と思われる)を超えたもの」と続きます。 そしてタロットカードで占ってもらったり霊視してもらったりすると、
俺がすべきことや今の状態などを教えてもらいます。 東京から帰って来ると毎日鏡やスタンダップチェアーなどやる事が一気に増え、パソコンに向かう時間が急激に少なくなります。 夜寝る時に、首に氷嚢を当てながら寝る事になります。 12月25日 脊髄損傷が何故回復しにくいかインターネットで調べました。しかし、なかなか俺の求める情報が載っているサイトは見つかりません。 そこでクリスマスにもかかわらず、思い切って医者の卵の友達2人に電話で聞きました。 すると1人は「うん、中枢神経は再生しないの」と答え、 もう1人は「分からないから一緒に勉強してこう」と答えました。 なんか両極端な2人ですが、どちらが正しいかは分かりません。 |
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| スタンダップチェアーで毎日立ってるせいか、腹筋と背筋が一段と痛いです。 11月25日 俺が車椅子に乗るようになってからかは知りませんが、友達が普段の生活の中で車椅子の事を考えてくれている事を聞き感動します。 11月27日 このまえ引越しの片づけをしてるときに捨てたのと同じセイント星矢のフィギアが2体 古本屋で、17.000円と15.000円で売っていました。 何故今になってセイント星矢がそんなに高くなっている? なんだか悲しくなりました。 県リハにリハビリを受けに行った時待合室で、車椅子マラソンをやっている人と県リハで隣の部屋だった人に会います。 車椅子マラソンをやっている人は自分自身の事を「欲張りだ」と言う位回復意欲があります。 回復した上の車椅子ランナーだそうです。 「この人ならもっと回復できるという話があったら興味を持ってくれるはずだ」と思い、毎月東京に治療に行ってる事や来月フィリピンに心霊治療に行く事を話します。 すると「フィリピンかぁ、暑いから嫌だな」との返事が返ってきました。 俺はひとりぼっちで頚髄損傷と戦うのはちょっと寂しいから一緒に戦う人が欲しかったのです。 この事で、ひとりでも戦ってやると強く心に決めます。 12月16日 初雪が降ります。身体障害者には少し厳しい季節です。 車椅子もスタッドレスにしなくちゃ滑っちゃうのかなぁ・・・ |