6月21日のメール



俺が今、心に決めている事。
長くなりますが今回はそれを言わせてもらいます。聞いてください。
 
まず、理解しておいてほしい事が「頚椎損傷(脊髄損傷)」について。医学会では治療不可能が常識とされています。その常識があるがために、ここ「県立リハビリテーションセンター」での生活は戦いです。
何が戦いか?って?まずはいつも介護してくれる看護婦さん。中には応援してくれる看護婦さんもいますが、
基本的に「もうここまで」です。極めつけは、俺はいつも「挫折禁止」って書いてあるコップ使ってるんだけど、それを見て「堀内君、時には挫折も必要よ」って・・・
続けていきます。リハビリって今動く所を使って生活の質を高めていく所なんだ。出来る事が増えてくのはうれしいけど、何か違う。主治医の先生には、前俺が回復について熱く話すと「堀内君は自分の現状を理解していない」と言われ、鼻で笑われました。
センターの所長は最近会う度に「いやー・・自分で車椅子操作が出来ると思わなかった」って。俺には「ここでやる事は終わった。早く出て行け」と、聞こえる。
そして、一番痛いのが同じ脊髄損傷の人。損傷期間が長い人ほど回復は無理と、心に根付いている。そして親切にこの体で生活をしていくアドバイスとかをしてくれる。もちろん俺はこのままでいる気はさらさらない。それを口にしたら怒られます。しょうがないのかな・・・簡単に直るものなら、パラリンピックなんて無いもんな。
この状況の中で俺の心がここまで強くいられるのは、みんなが俺の回復を信じて待っててくれる事と、事故以外全ての事が良い方に向かってる。という事。「全て」とは全てです。事故直後、搬送された病院と主治医から何から、数えきれないほどあります。身近な所を言ってみると、母の氣功の習得、父が昔、フィリピンに心霊治療しに行った事があって、そっち方面に繋がりがある事。これ以上書いてたらきりがないので、この位で・・・
はいっ  とにかく凄いんです。まさに奇跡的な事が、奇跡的に重なって起きているんです。だから俺は回復出来るんです。
俺には夢があります。完全回復はもちろん、有名になる事。そして、同じ脊髄損傷の人の心の支えになれたらいいなー、と思います。俺はまだ今の所、リハビリセンターで一番の障害を持っています。望む所です。そこからなんです。堀内宗喜はそんな頃(ホントはもっと前)から完全回復を目指してた。と、心の片隅に置いといてください。俺以上の障害の人はあまりいないと思うので、そんなに心の支えにならない人はいないでしょう。まだ、その先は考えていません。越える山がでかすぎて、考えられません。
なお、これ以降 こんなに長くて深いメールも送ること、考えていません。ありがとうございました。


製作期間、丸1週間






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