2005年 3月17日



状態、状況

実家にいる。
頚髄損傷。両肩をすくめる事ができる。右肩を可動域は狭いものの回す事ができる。右肘を曲げる事ができるが、延ばす事はできない。右手首を返す事ができる。痙性は日に日に強くなる。横隔膜が痛い。
膀胱瘻を付けている。
夜寝る時以外電動車椅子に乗っている。褥瘡対策の為、1日に何回か徐圧してもらう。たまに筋トレをしている。1日3食、食事の装具を付けてもらい自分で食べる。手をテープで縛りパソコンを使う。装具を使い字を書く。装具を使い携帯電話を使う。
毎日、朝起きてから母のPT、脳を鍛えて、昼にはスタンダップチェアーで約1時間立ちながら歌い、を約1時間やる。3日に1度排便。毎週月曜日と金曜日、特殊浴槽で入浴する為にハーモニー桃の郷に行く。毎週水曜日、リハビリの為に県リハに行く。毎週水曜日、で入浴。3週間に1度、膀胱瘻の交換に篠ノ井病院に行く。1ヵ月に最低1回は長野市街にお出かけする。1ヵ月に1度、整形外科の診察を受けに県リハに行く。1ヵ月に1度、東京の治療21世紀の健康を考える会に行く。1ヵ月に1度、サンアップルのプールに行く。1ヵ月に1度、連合長野 青年委員会の幹事会に出席する。3ヵ月に1度、脳外科の診察に篠ノ井病院に行く。


新しい事     今回が最後の事





外

3月17日 長野県県民文化会館に江原啓之さんの公演
スピリチュアル・ヴォイス を聞きに行きます。


定員1070人の中ホールに立ち見も合わせて千数百人入る大盛況にビックリです。

それ以上に車椅子の方が俺以外に3・4人いた事にもビックリです。




江原さんの公演は、一部ではスピリチュアルな世界の話を、二部では個人の公開カウンセリングをという二部構成になっていました。



個人の公開カウンセリングは、開演前に公開を了承した人だけがカウンセリングを受けたい内容を書いた公開相談申し込み用紙を箱に入れて、二部のステージ上で江原さん本人が箱の中からその紙を取り出すという抽選方式でした。




特に悩みなどはありませんでしたが、俺が選ばれたら選ばれたでそれはそれで必要のある事。

選ばれなかったら選ばれなかったで それも必然と思い、悩みというより漠然とした疑問を書いて箱に入れました。



マイ公開相談申し込み用紙に書いた内容↓

堀内 宗喜  男  昭和55年2年13日(25歳)

重度身体障害者です。事故以来(3年前)、考え方や生活・しかも顔つきもすっかり変わってしまいました。魂は俺に何を学ばせようとしているのでしょう?



カウンセリングを受けられる確率は、

箱に入りきらない位の紙の量だったので数百分の一の確率だと思われます。




1人目、俺じゃない・・・・・


2人目、堀内、、、○○子さん・・・・・あ〜、ドキドキした・・・


3人目、堀内宗喜さん・・・・・えっ、俺?あ、、、当たっちゃった。



前の人2人は、紙に書いてあることを読み上げてすぐにその事に対しての回答を言われていましたが、俺の時 江原さんは黙ってしまい会場がシーンと静まりかえってしまい、何を言われるか心配でした。


江原さんの守護霊が俺の守護霊と交信していたらしいです。



江原さんに言われた事

  • 事故は逃れられない宿命だった
  • 守護霊は武士。作戦を立てたり建築みたいな事をやっていた。白装束の行者も見える
  • 職人気質でサラリーマンには向かない
  • もともと人付き合いがあまり得意ではなくマイペース、それよりも1人で何かに集中している方が得意。人にお世話になる事を学ぶ為に事故にあった。それを素直に受け入れてもっとリハビリを頑張ればもっともっと良くなると言っている。
  • 母の守護霊も武士、母と俺はツインソウル(ツインソウルとは、簡単に言うと前世での結びつきが強い魂。共同の事を2人でやる為に現世で出会った)
  • 店舗が見えて、そこで何かを販売しているのが見える。飲食か何なのかは分からない。回復して、そうなる事があったらまた連絡ください。



俺は精一杯の声を振り絞って「はいっ」と言いました。(まだまだ声は小さいんです・・・)

その後、頭の中が少々オーバーヒートぎみで、4人目の人のカウンセリングはほとんど頭に入りませんでした。




スピリチュアル・ヴォイス は公演が終わった後、江原さんが会場の入口でお見送りをしてくれます。


すれ違いざまに名刺を渡し、その時 江原さんに

「アーティスティックに生きてくださいね」と言われました。



俺はカウンセリングの紙に重度身体障害者と書きましたが、


江原さんは障害者という言葉が嫌いとの事。 俺は好きです。
理由は人それぞれ色々な障害(怒りっぽかったり・だらしがなかったり)を持っていて、障害者という言葉を使うと全員障害者になってしまうから。 なぜなら、俺の状態を一言で説明できるから。え〜、脊髄は脊椎の中にあって、損傷すると・・・とかはイチイチ面倒です。重度身体障害者という言葉が一番 俺の今の状態を的確に表していると思います。






3月19日 今月も21世紀の健康を考える会のヒーリング会に参加します。
小林先生も良い方ですが、ボランティアのスタッフの人にも良い方が多い感じがします。

これから毎月 来させてもらう事になります。






3月31日 善光寺に初詣に行きました。

明日から新年度という えらく遅い初詣になってしまいました。


そんな事言っても善光寺は地元の神様、遅くなりましたが今年もよろしくお願いします。



引いたおみくじは


内容は今までやってきた事が実るって事と、病人は本ぷくって事が頭に残っています。
本ぷくってなんだろう?



家に帰ってきて本ぷくの意味を調べると、病気がすっかりよくなること。全快。と書いてありました。


おみくじの内容を要約すると、今までやってきた事が実って全快するという事になります。


さぁ 今年も頑張るぞ。












中・他

3月28日 月に一度の診察に県リハに行きます。

とは言っても、これ位
いつも通り 診察を受けていると、先生の思ってる以上に手首を持ち上げる事が出来たので、
(県リハにいた頃は約1・2o位でした)



「車椅子に乗る時、いつも使ってるボーリングのリストじゃなくてグローブを試してみよう、ボーリングのリストは指が強制的に伸ばされているので自然な状態じゃない、グローブにするとまた違う筋肉が発達するかもしれない」


と言われ、リハビリの時に試してみるようにOTにオーダーしてくれました。






3月30日 リハビリの為に県リハに行きました。


新シーネOTの先生に2・3ヵ月前からオーダーしておいてあった新しいシーネが完成しました。




今まで使っていたシーネは、長い間使っていたので肘を延ばす反発力が弱くなってしまっていました。
延びている肘が命の今の俺にはもう少しの間、シーネの力を借りる必要がありそうです。



今まで使っていたシーネもケースバイケースで使っていこうと思います。





祖父の俳句2003年度に突入。










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